2016年3月25日に知財高裁にて、製造方法に関する発明について均等論に基づく侵害の判断が示されました。概要およびコメントにつきましては下記をご覧ください。
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マキサカルシトール製法特許事件
本件は、原告である先発医薬品メーカーが被告である後発品医薬品メーカー数社に対し、特許権侵害差止訴訟を提起し、勝訴した事案である。その特徴的な点は、被告らによる製法が原告所有の製法特許の均等侵害にあたると認定された点にある。
医薬品分野においては、均等論の適用を是認し5要件*を明示した「無限摺道ボールスプライン事件」(最高裁平成6年(オ)第1083号 平成10年2月24日第三小法廷)以降も種々の事件で均等論に基づく特許権侵害の主張が当事者からなされてきたが、認められた事例は極めて少ない。このような中で本件では均等侵害が認められた珍しい事例である。
(事案の概要)
原告は、ビタミンD誘導体、一般名”マキサカルシトール”の製法に係る特許(以下「本件特許」という。)を有している。そして、このマキサカルシトールを製造するに際し、出発物質及び中間体として原告はシス体のビタミンD誘導体を使用していたのに対し、被告らはその幾何異性体であるトランス体のビタミンD誘導体を使用していたこと以外に両者に違いはなく、原告はこの点につき本件特許の均等侵害を主張した。本件においては、シス体のビタミンD誘導体とトランス体のビタミンD誘導体の違いで特許方法に影響を与えるものではなく、また、被告方法では後発医薬品として承認を取得する為、その最終工程でトランス体からシス体へ再度変換する工程が必要とされた。
なお、主な争点は、最高裁が示した5要件のうち、以下のとおり、第1要件・第5要件を充足するかどうかであった。
(主な争点)
1. 第1要件(非本質的部分)について発明の本質的部分が、原告が主張するビタミンD構造を有する出発物質をエポキシド化合物とし次いで還元剤で処理する点にあるか、或いは、被告が主張する出発物質及び中間体のビタミンD構造がシス体であるかトランス体であるか。
2. 第5要件(特段の事情)について
特許請求の範囲に、シス体のビタミンD構造のみを記載したことが特段の事情にあたるか否か。
(原審判断)
原審では、まず、均等の第1要件(非本質的部分)について、明細書の記載及び先行技術を考慮し、発明の本質的部分はビタミンD構造を有する出発物質をエポキシド化合物とし、次いで還元剤で処理する点にあり、目的物質がビタミンD構造の場合において、出発物質及び中間体がシス体であるかトランス体であるかは、発明の本質的部分ではないと認定し第1要件を充足する、とした。その他の要件に関しても原告の主張を認め、均等侵害を肯定した(東京地判平成26年12月24日)。
(知財高裁大合議判断)
知財高裁は、平成28年3月25日、以下のとおり判断の上、判決を言い渡した。
均等の第1要件(非本質的部分)については、「特許発明における本質的部分とは、当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分である」、「特許発明の実質的価値は、その技術分野における従来技術と比較した貢献の程度に応じて定められることからすれば、特許発明の本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載、特に明細書記載の従来技術との比較から認定されるべきであ」るとし、原審同様、出発物質及び中間体のビタミンD構造がシス体ではなくトランス体であることは本件発明の本質的部分ではない、と判断し、均等の第1要件を充足するとした。
更に、第5要件(特段の事情)に関しては、「均等の法理は、特許発明の非本質的部分の置き換えによって特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れるものとすると,社会一般の発明への意欲が減殺され、発明の保護、奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に反するのみならず、社会正義に反し、衡平の理念にもとる結果となるために認められるものであって、上記に述べた状況等に照らすと、出願時に特許請求の範囲外の他の構成を容易に想到することができたとしても、そのことだけを理由として一律に均等の法理の対象外とすることは相当ではない。」と述べた上で、本件においては,出願人が出願時に出発物質に代替するものとしてトランス体のビタミンD構造を認識していたものと客観的、外形的にみて認められないから、出願人がトランス体のビタミンD構造とする構成を記載しなかったことが第5要件における「特段の事情」に当たるものということはできない、と判示し、均等侵害を認めた。
(終わりに)
今回のような幾何異性体の例ではないが、過去の判例では、化学物質の構造上の一部置換基に違いがあった場合、「有効成分を構成する化合物そのものが発明における課題解決の特徴部分(本質的部分)というべきであって、化合物の一部である「13,14-ジヒドロ」部分のみが発明の特徴部分と言うべきではない」(東京地判平成13年5月14日)と判示した例もあり、発明の本質的部分の捉え方としては共通しているのかもしれない。ともあれ、物質特許の特許期間満了後、先発医薬品メーカーは、残存する製法特許、製剤特許、結晶特許等に基づき特許権侵害の可能性を検討することになるが、今回の判決はこの知財戦略に一筋の光明をもたらすものではなかろうか。
*:同判決では、均等論が適用される要件として以下の要件を挙げている。
第1要件:非本質的部分、第2要件:置換可能性、第3要件:置換容易性、第4要件:対象方法の容易推考性、第5要件:意識的除外等の特段の事情