沿革

沿革

ゾンデルホフ&アインゼル法律特許事務所の歴史は、ドイツ人弁護士と日本人弁理士とが手を取り合って築いてきた成功の歴史です。

当事務所は1910年(明治43年)10月8日、当時32歳の若きドイツ人法律家、Dr.カール・フォークト氏が日本の弁理士としての資格を取得したことに端を発しています。フォークト氏は同年、イギリス人弁護士のチャールズ・ネビル・クロス氏およびオーストラリア人弁護士のヒース氏と共に、横浜で”Crosse, Heath & Vogt”法律特許事務所を設立しました。
フォークト氏の夢はそもそもオーケストラの指揮者か作曲家になることでしたが、後に外務省に勤務することを見据えてドイツで日本語と法律学を学び、1903年にドイツ大使館に勤務すべく来日しました。
大使館での法務におけるフォークト氏の業績は高く評価されていましたが、彼は大使館でのキャリアに満足することなく、弁理士の資格を取得し、日本人弁護士と共に法律問題の解決に奔走しました。

ところが1914年の夏に第一次世界大戦が勃発し、フォークト氏はドイツ軍に招集されて中国のチンタオに渡り、ヒース氏は1916年にオーストラリアに帰国してしまいました。クロス氏はその後、日本で亡くなりましたが、フォークト氏が不在の間、横浜の事務所は彼の同僚であった日本人弁護士が引き継ぎました。

そうこうする間にフォークト氏は日本軍に捕らえられ、戦争捕虜として日本の収容所に収容されたものの、1919年には横浜に戻って事務所の業務に専念することができるようになりました。当時、ドイツにおける技術の進歩は目を見張るばかりであり、事務所の特許関連案件の数はめざましい増加を遂げました。
フォークト氏は1927年にハンブルクの銀行で支配人として勤務していたドイツ人弁護士のDr.ローラント・ゾンデルホフ氏と知り合い、日本に関心を持っていたゾンデルホフ氏は世界恐慌の直前、1929年3月15日に来日、1932年にフォークト氏のパートナーとなりました。その後、事務所は”Dres. K. Vogt & R. Sonderhoff”として業務を継続し、1939年には事務所の所員は40名に上りました。
第二次世界大戦の間も、フォークト氏およびゾンデルホフ氏は日本に留まりましたが、1947年には連合国軍によって事務所は閉鎖され、ゾンデルホフ氏は家族と共にドイツへの帰国を余儀なくされました。
フォークト氏は幸い、日本在留を許可され、その後、自身の健康に不安を抱える中、事務所の再建に尽力しました。

他方、1950年当時50歳を迎えていたゾンデルホフ氏はドイツのハンブルグで弁護士としてさらなるキャリアを積んだ後、戦後初めて日本に入国するビザを発給されたドイツ人として、1952年に日本へ戻ってきました。
1954年に76歳となっていたフォークト氏は事務所の経営から引退し、クライアントへのリーガルアドバイスのみに専念することにしました。80歳の誕生日にはドイツ連邦共和国から一等功労十字章を叙勲されました。彼は、1960年に82歳で亡くなるまで日本の弁理士として登録されていた唯一の外国人でした。

フォークト氏とゾンデルホフ氏は、1956年にドイツ人弁護士であって、英語のスペシャリストでもあるラインハルト・アインゼル氏を東京の事務所に招き入れました。アインゼル氏は、1927年にベルリンで生まれ、従軍および捕虜の経験を経てゲッティンゲンにあるゲオルグ・アウグスト大学で法律を学びました。その後、法務の経験を積み、1956年にハノーファーで弁護士として登録されました。その3ヶ月後に来日したアインゼル氏は、長沼スクール(現東京日本語学校)の夜間コースで日本語を学び、翻訳検定に合格したことで日本語研修プログラムを修了しました。1965年に米国統治下にあった沖縄で日本の弁護士の資格を取得し、1972年の沖縄本土復帰に伴いアインゼル氏の弁護士としての資格は日本全国において有効な資格であることが最高裁判所によって認められました。この日から、当事務所は「ゾンデルホフ&アインゼル」として知られることとなっていきました。2009年に82歳で亡くなるまでアインゼル氏は日本におけるドイツ人社会に尽力し、弁護士として特許侵害訴訟を処理するのみでなく、ドイツ商工会議所、東京独逸学園、BDF(ドイツ国籍者のための慈善基金団体)からも厚い信頼を得ていました。また1975年にはドイツ連邦共和国から功労十字小綬章を、1992年には一等功労十字章を叙勲されました。

1994年にラインハルト・アインゼル氏の息子であるフェリックス-ラインハルト・アインゼル氏が当事務所の一員となりました。フェリックス・アインゼル氏は米国と日本で法律を学んだ後、ニューヨーク州の弁護士資格を取得し、1999年にはドイツ人で初めて日本の弁理士試験にも合格しました。
ゾンデルホフ&アインゼル法律特許事務所は現在、事務所の代表弁理士であるフェリックス・アインゼル氏と、同じく代表を務めるパートナー弁護士の伊佐次啓二氏の下で知的財産および法務の分野におけるクライアントの利益のために力を尽くしています。アインゼル代表は、Dr.フォークト氏に次いで現在、日本の弁理士の資格を有する唯一のドイツ人でもあります。そして当事務所のさらなる100年の歴史に向けて当事務所をリードしております。
当事務所はこれからも、これまでの100年と同様に欧州、とりわけドイツ語圏のクライアントをサポートしていくのみならず、さらにグローバルな事務所を目指して新たな100年の歴史を築いていく所存です。また、2012年には小さいながらも中国の北京に事務所をオープンしました。アジアの重要な拠点である東京と北京、この2つの都市でゾンデルホフ&アインゼルは設立当初のスピリットを忘れることなく、これまで培ってきた事務所の文化と経験をもとに時代の要求に応えながらクライアントにより良いサービスを提供していきたいと思っております。