Newsletter (2020年11月) │ 法務
Nokia v. Daimlerの特許権侵害訴訟における欧州司法裁判所への付託命令
デュッセルドルフ地方裁判所の4c民事部は、2020年11月26日の決定(4c O 17/19)により、Daimler AGに対するNokia Technologies Oyの特許侵害訴訟において、多段階にわたるサプライチェーンの範囲内における標準必須特許のライセンスに関して、いくつかの質問を欧州司法裁判所に付託した。これによりデュッセルドルフ地方裁判所における侵害訴訟は中断される。
この訴訟においてNokia Technologies Oyは、欧州特許EP 2 087 629 B1のドイツにおける権利の侵害に基づいて、Daimler AGに対して差止を要求している。この特許は、電気通信システムのデータ送信方法に関するものであり、LTE標準(4G)にとって必須である。また、さまざまなサプライヤーのLTE対応モジュールがこの標準を利用しており、これらのモジュールは製造業者であるDaimlerの自動車に搭載されている。これらのモジュールにより、移動通信サービス、例えば音楽やデータ等のストリーミングや、車両へのアップデート(over the air)が可能になる。
本件特許の当初の出願人であったNokia Corporationは2014年9月に、その特許がLTE標準にとって必須であると考え、公平、合理的かつ非差別的条件で第三者にライセンスを付与することを義務づけるFRAND宣言をETSIに対して行った。被告も、多くのサプライヤーも、ライセンス料を支払うことなくこの特許を使用していた。
Nokiaは標準必須特許の保有者として、複雑な部品製造およびサプライチェーンどの段階においてFRAND条件でのライセンスを付与するかについて、自由に決定することができると考えている。
Daimlerは、EU市場の規則(TFEU第102条)と、2014年9月のFRAND宣言とに基づいて、原告は標準必須特許の保有者として、ライセンスを受ける意思がある全ての者に対して、特許法上関連する全ての利用態様のために、制限のないライセンスを許諾すべきであると考えている。したがって、ライセンスを受ける意思があるサプライヤーにライセンスを付与することが優先されるが、これは自動車産業の標準的な慣行にも対応する。
本日のデュッセルドルフ地方裁判所の4c民事部による判決は、Nokiaが特許侵害を理由にDaimlerに対して差止請求権を有していることを前提としている。しかし当裁判所は、Daimlerに対するNokiaによる差止請求の主張がライセンス市場において議論の余地のない支配的地位の濫用とみなされうるかという問題を提起する。重要なことは、標準必須特許の保有者が、まずNokiaの特許を使用しているサプライヤーによるライセンス要請に応じることなく最終製品の販売者に対して特許侵害に基づく差止訴訟を提起した場合、それが支配的地位の濫用であるのか、またどのような状況であれば支配的地位の濫用になるのか、ということである。
そのため、デュッセルドルフ地方裁判所の4c民事部は、以下の質問を欧州司法裁判所に付託する:
A. サプライヤーに対して優先的にライセンスする義務が存在するか?
1. 商流の下流にいる企業は、訴訟の対象となっている標準必須特許を実施する部品が中間製品に搭載されており、標準化団体に対して任意の第三者にFRAND条件でライセンスする取消不能な義務を負っている標準必須特許権者が、ライセンスを受ける意思があるサプライヤーに対するFRAND条件でのライセンスを拒否する場合、同特許権者が差止を求めている特許侵害訴訟において、TFEU第102条が規定する市場における支配的地位の濫用にあたるとの抗弁を主張することができるか?
a) これは特に、最終製品販売者の該当部門では供給部品に用いられている特許に関する権利関係はサプライヤーによるライセンス受諾において解決されるという商慣行に相当する場合であれば通用するのか?
b)優先的にライセンスを認める必要性は、サプライチェーンにおけるどの段階のサプライヤーに対しても存在するのか、または利用チェーン末端の最終製品販売者の直前に存在するサプライヤーに対して存在するのか?この問題も商慣行によって決定されるのか?
2. 該当する供給部品を決められたとおりに使用する場合、最終販売者(および場合により上流のバイヤー)はもはや特許の侵害を回避するためにSEP保有者から別途のライセンスを必要としないという意味で、カルテル法による支配的地位の濫用の禁止は、標準が搭載される製品に関して特許法上関連する全ての利用態様についてFRAND条件で制限のないライセンスがサプライヤーに付与されることを要求するのか?
3. 付託質問1に対する答えがノーの場合、SEP保有者が同一の製造および利用チェーンの異なったレベルでいずれの潜在的特許侵害者に対して差止を求める特許侵害訴訟を提起すべきかを決定するための基準について、TFEU第102条は質的、量的及び/又はその他の要件を提示するのか?
B. Huawei v. ZTE事件における欧州司法裁判所の判決からの要件の具体化
(2015年7月16日の判決、C-170/13):
1. SEP保有者およびSEP実施者が相互に行うべき交渉義務(侵害の通知、ライセンスの要請、FRANDライセンスの申し出;優先的にライセンスすべきサプライヤーに対するライセンスの申し出)は出訴前に履行されるべきであるにも関わらず、訴訟前に履行することができなかった行動義務を、訴訟手続において法的拘束力をもって回復する可能性が存在するか?
2. 関連するすべての状況を総合的に評価することにより、(ライセンスの申し出がなされていないことにより全く予測不可能な)FRAND条件の内容がどのようなものであったとしてもFRAND条件でSEP保有者とライセンス契約を締結するというSEP実施者の意思および意欲が明確かつ一義的に明らかである場合にのみ、SEP実施者がライセンスを受ける意思を有していたと推定することができるのか?
- a) 侵害の指摘に対して数か月にわたり沈黙していることにより侵害者はライセンスを受けることに関心がなく、その結果、言葉の上ではライセンスの要請があってもライセンスの要請はなかったと常にみなすことができるのか、その結果、SEP保有者の差止請求訴訟が認められるのか?
b) SEP実施者が対案で提示したライセンス条件からライセンスの要請は存在してい なかったと推論することができ、その結果、(SEP実施者の対案に先行する)SEP保有者のライセンスの申し出が実際にFRAND条件に対応するものであるか否かについて事前に検証することなく、SEP保有者によるその後の差止請求訴訟は認められるのか?
c) ライセンスの要請はなかったことが推論される対案のライセンス条件はFRAND条件と相いれないものであったことを明確に解明することができず、また最高裁判所が解明することもできない場合、そのような推論はどのような場合であっても禁止されるか?
訴額 合計3,000,000ユーロ
この決定に対しては、デュッセルドルフ高等裁判所に即時上告することができる。
エリザベス・ストーブ博士
広報担当官
注)読みやすさを重視して一部意訳をしております。また、「標準必須特許権利者」や「SEP保有者」、「侵害人」や「実施者」等、同じ内容を異なる言葉で表す表記が散見されますが、そのとおりに訳出しております。
本判決の質問付託についてのコメント
弁護士・弁理士 松永 章吾
ドイツ連邦最高裁判所は、本年5月5日にSisvel v. Haier事件判決(KZR 36/17)を言渡し、「ライセンスを受ける意思」を表明したSEP実施者によるホールドアウト行為(真実はライセンスを受ける意思のない実施者による交渉の引き延ばし行為)を許さないことを明言した上、ホールドアウト行為を認定するために、実施者にとって厳格な判断基準を示しました。
この判決を受けて、Nokia v. Daimler事件を審理していたマンハイム地裁は、Daimlerのホールドアウト行為を認定し、8月8日にLTE(4G)無線通信規格SEPに基づくDaimlerに対する差止認容判決 (2 O 34/19)を言渡したほか、Sharp v. Daimler事件を審理していたミュンヘン地裁も同様に9月10日にDaimlerに対する LTE(4G)無線通信規格SEPに基づく差止認容判決 (7 O 8818/19)を言渡しました。また、いずれの判決も、NokiaがDaimlerのサプライヤーへのライセンスを拒絶していたことがFRAND義務違反にあたるとのDaimlerの主張を退け、SEP権利者のLicense to all義務(SEP権利者はサプライチェーンにおける取引段階にかかわらず、ライセンスの取得を希望する全ての者に対してライセンスしなければならないという義務)を明確に否定していました。
これに対し、本事件を審理していたデュッセルドルフ地裁のKlepsch判事は、9月に行われた本事件の最終口頭弁論において、本件SEPのFRAND義務を定める標準化団体ETSIのIPRポリシーにはLicense to Allの義務は規定されていないにもかかわらず、同ポリシーの解釈としてSEP権利者にはFRANDライセンスを求めるすべての実施者にライセンスすべき義務が認められると、上記の裁判例の流れに真っ向反対する意見を述べていました。同判事はさらに、携帯電話市場においては最終製品メーカーがライセンスポイントとなるのが商慣習であるとしても、自動車産業では部品メーカーがライセンスポイントとなるコンポーネント・レベルライセンスが伝統的な商慣習であること、また、完成車メーカーは数多くあるのに対してベースバンドチップの70%がたった5社によって製造されていることを理由に挙げて、最終製品メーカーをライセンスポイントとするFRANDライセンスの実務は必ずしも効率的ではなく、コンポーネント・レベルライセンスこそが合理的であるとの踏み込んだ意見も述べています。
このような経緯から、本判決は実体判断を保留し、「市場における支配的地位の濫用を禁止する欧州連合の機能に関する条約」(TFEU)第102条の解釈としてSEP権利者にLicense to Allの義務が認められるかについて欧州司法裁判所(EUCJ)に質問付託をすることが予想されていました。
本判決によるEUCJへの質問付託は、フランス法を準拠法とするETSIのIPRポリシーの解釈としてLicense to All義務が認められるとしたKlepsch判事の意見とは必ずしも一致しないようにも思われます。また、本プレス・リリースが公表する質問内容にはKartellrechtliche Missbrauchsverbot(ドイツのカルテル法)が引用されている箇所があるなど、判決書における質問の書きぶりが不明な点も見受けられます。
しかしながら、アメリカでもIEEEのIPRポリシーからはSEP権利者の義務であったLicense to Allの義務が削除されるなど、一度は議論が収束したかと思われた異業種間におけるSEPライセンスの一大論点についてEUCJの判断がなされる可能性が高まりました。
EUCJが付託された質問についての審理を開始する場合、その期間は2年程度となることが予想されます。この間、ドイツほかの欧州連合(EU)加盟国裁判所は、少なくとも被告がSEP権利者によるLicense to Allの義務違反をFRANDの抗弁として主張するSEPの侵害侵害訴訟においては差止認容判決の言渡しを差し控えるものと思われます。
しかしながら、アメリカでは、本年9月10日にDOJ反トラスト局が、ライセンスを受ける意思のない実施者によるホールドアウトへの対抗策として、SEPによる差止を行うことを支持する声明を発しているほか、EUを離脱したイギリスの裁判所は、本年8月26日に言渡されたUnwired Planet v Huawei 事件最高裁判所判決([2018] EWCA Civ 2344)が示したようにSEPに基づく差止認容に積極的であるため、EU域外の裁判所による今後の判断が注目されます。
また、仮にEUCJがTFEU102条の解釈としてSEP権利者のLicense to All義務を否定した場合、欧州では最終製品メーカーをライセンスポイントとし、最終製品をロイヤルティベースとするSEPライセンスのプラクティスが確定することになります。
その場合、例えば3G/4GのSEPについて60%程度のポートフォリオを保有するとされるAvanciは、車載通信機(Telematic Control Unit)の製品価格が1台100ドル程度であるところ、クルマ1台あたり15ドルの固定ロイヤルティを申し出ているほか、Avanciに加盟しない権利者を含む5G のSEP権利者はこれに上積みされるであろうロイヤルティをそれぞれ公開していることから、最終製品メーカーとサプライヤーとの間での特許保証のあり方についての議論が不可避となることと思われます。
なお、上記は筆者の個人的な意見であり、所属事務所の意見や立場を代表するものではございません。
以上