Newsletter (2020年5月) │ 知財
中国最高人民法院(日本における最高裁判所)は2020年4月16日に「中国最高人民法院知識産権法廷年度報告(2019)」(以下、報告という)を発表した。2019年1月1日に正式に発足した中国最高人民法院の知識産権法廷は、全国的に特許等技術類の知的財産権上訴案件を審理し、審判基準を統一させ、裁判の品質と効率を更に改善する役割を発揮することが期待されている。当該報告は2019年度中国最高人民法院の知識産権法廷により取り扱されている案件について、案件に関する各種のデータの分析や、各種類の案件の特徴について纏めたものである。以下では、当該報告について簡単に説明する。
一.案件に関する各種のデータ
中国最高人民法院の知識産権法廷が2019年に受理した技術類の知的財産権案件は1945件、終結した案件は1433件であり、終結率は73.7%である。その内訳は下図に示したとおりである。そのうち、民事手続の第二審に当たる案件(「民事二審実体的案件」)の受理件数は962件、終結件数は586件であり、終結率は49.5%である。それに対して、行政手続の第二審に当たる案件(「行政二審案件」)の受理件数は241件、終結件数は142件であり、終結率は12.4%である。民事二審案件の終結率に比べ、行政二審案件の終結率が遥かに下回る。
1.案件の出所の分析
中国最高人民法院の知識産権法廷が2019年に受理した1684件の二審案件のうち、一審法院が中級人民法院である案件は1678件であり、一審法院が高級人民法院である案件は6件である。
また、出所の地域から見ると、案件数のトップ10位に入ったのは、北京知識産権法院(376件)、広州知識産権法院(297件)、上海知識産権法院(143件)、南京知識産権法院(107件)、シンセン知識産権法院(96件)、寧波知識産権法院(85件)、蘇州知識産権法院(71件)、杭州知識産権法院(70件)、青島知識産権法院(67件)、済南知識産権法院(53件)である。これらのデータは、技術類の知的産権紛争の全国における分布を反映し、経済が発達している地域であればあるほど、技術類の経済活動が活発で、関連紛争も多くなることを示している。
2.案件の種類の分析
受理された962件の民事二審実体的案件の種類は下図のとおりである。そのうち、高い比率を占めているのは実用新案権侵害紛争(47.2%)、特許権侵害紛争(24.3%)、ソフトウェア紛争(14.8%)である。
また、受理された241件の行政二審案件の種類は下図のとおりである。高い比率を占めているのは、特許権無効審判の審決取消訴訟(33.2%)、特許の拒絶査定の審決取消訴訟(29.5%)、実用新案権無効審判の審決取消訴訟(23.7%)である。
3.裁判結果の分析
2019年に終結した二審案件は1174件である。そのうち、一審判決を維持した案件は731件、取下げられた案件は280件、調停で終結した案件は71件であり、全体に対する調停・取下げの案件の比率は29.9%である。判決の変更と差戻しの案件は92件で、全体の7.8%を占めている。当該判決の変更と差戻しの92件のうち、民事二審実体的案件は66件、管轄権異議手続の第二審に当たる案件(「管轄権異議二審案件」)は21件、行政二審案件は5件である。
終結した586件の民事二審実体的案件のうち、一審判決を維持した案件は236件、取下げの案件は213件、調停で終結した案件は71件である。全体に対する調停と取下げの案件の比率は48.5%であるのに対して、一審判決の変更と差戻しの案件は66件で、全体に対する比率は11.3%である。
終結した142件の行政二審案件のうち、一審判決を維持した案件は126件であり、取下げの案件は11件であり、一審判決を変更したのは5件であり、全体に対する一審判決の変更率は3.5%である。
終結した446件の管轄権異議二審案件のうち、一審判決を維持した案件は369件であり、取下げの案件は56件であり、取下げの案件と一審判決を変更した案件は合わせて21件である。
4.審理期間の分析
2019年に二審案件の平均審理期間は73日であり、管轄権異議二審案件の平均審理期間は29.4日である。裁判官一人あたりの終結案件数は39.2件である。
5.渉外、香港・マカオ・台湾関連案件の分析
2019年に渉外、香港・マカオ・台湾関連案件の受理件数は174件である。そのうち、民事二審実体的案件は50件、行政二審案件は52件、管轄権異議二審案件は71件、その他案件は1件である。地域別から見ると、EU加盟国は75件、米国は54件、日本は15件、韓国は4件、カナダ、イスラエルはそれぞれ2件、オーストラリア、南アフリカはそれぞれ1件、香港・マカオ・台湾は20件である。
終結した渉外、香港・マカオ・台湾関連案件数は98件である。終結した民事二審実体的案件は35件であり、そのうち、外国当事者が勝った案件21件(一部勝った案件も含む)、香港・マカオ・台湾の当事者が勝った案件3件、大陸側当事者が勝った案件11件を含む。
二.案件の特徴分析
1.案件全体の特徴
2019年に法廷が審理した技術類の知的財産権案件は全体として以下の特徴を有する。
一、技術分野が広い。当事者が保護を求める知的財産権の種類は、医薬、ゲノム、通信、機械、農業林業など国民経済、先端科学技術、衣食住と密接する分野に及ぶ。
二、案件の社会的影響が大きい。(一)案件に係る知的財産の市場価値は比較的高い。権利者が第一審で主張した権利侵害の賠償額が1000万元(約1.5億円)を超えた案件は17件で、1億元(約15.1億円)を超えた案件は3件である。(二)案件は標準必須特許、医薬特許などの国民経済や先端科学技術に係るため、社会的注目度が高い。
三、手続きが交錯する案件が多い。法廷では当事者が相互に提訴する相互訴訟案件を数多く受理した。当事者が異なる人民法院で多数の民事訴訟、行政訴訟を相互に提起したため、複数の訴訟が異なる審理等級及び手続きに同時に係属する案件が多い。法廷は、審理手続き、判断基準、事件の全体的な調停などの観点から、事件処理の調整・調和に取り組んだ結果、2019年に終結した二審案件のうち、調停・取下げの案件の比率は29.9%に達した。
四、案件の審理期間が短い。民事と行政の手続きが交錯することや技術的事実の究明が困難であるなど多数の要素があるため、技術類の知的財産権案件の審理期間は一般的に長い。しかし、2019年に終結した二審実体案件の平均審理期間はわずか73日であり、技術類の知的財産権の裁判期間が長いという問題が有効に改善された。
五、国内外当事者の合法的権益を平等に保護する。法廷が受理した渉外、香港・マカオ・台湾関連案件は全体の8.9%を占めており、一部の案件は当事者間の外国での国際訴訟の一部に属しており、外国での特許侵害訴訟と互いに影響している。終結した民事二審実体的案件の結果を見ても、法廷は法律に従い、国内外の権利者の知的財産権を平等に保護する。
六、司法保護を強化する傾向が明らかである。誠実信用訴訟制度を運用し、文書の提出命令の履行を拒否するか又は保全されたものを故意に損壊した場合、当該行為者に不利に事実が推定される。終結した案件のうち、権利者が勝訴した案件は全体の61.2%を占めている。
2.特許民事案件の特徴
法廷が審理した特許に関する民事案件は以下の特徴を持っている。
一、主な争点が請求項の解釈と均等侵害の判断にある案件が比較的に多い。請求項の解釈は、特許権の保護範囲の確定と被疑侵害物件との比較の結果に係るため、法廷は個別の裁判例を通して、機能的特徴の認定基準、権利範囲に対するいわゆるサブジェクトマターの限定的作用、寄付原則の適用などについて深く探索した。多くの案件が均等侵害の判断の問題に関連し、如何に請求の範囲の公表の役割を維持しながら、特許権者に平等に保護を与えることが案件審理の難点である。
二、合法的出所、従来技術、先使用権による抗弁は最もよく見られる抗弁である。合法的出所による抗弁の案件が最も多く、争点が立証責任の分配、賠償責任の免除の範囲などに集中している。従来技術による抗弁は比較的自由に提出され、二審において初めて従来技術による抗弁を提出した案件が一定の割合を占めている。
三、商業上の権利保護の色彩を帯びる案件が一定の割合を占めている。これらの案件は、権利者が同一の専利権、特に実体審査を受けていない実用新案権を利用して、全国各地において一連の訴訟を起こしたものであり、またそこで訴えられている被疑侵害者の多くは商品流通の下流に位置する小規模の販売業者であるという特徴を有する。
3.特許行政案件の特徴
法廷が審理した特許に関する行政案件は以下の特徴を有する。
一、特許、ハイテク分野の案件が多い。特許の案件数は、無効審判の審決取消訴訟、拒絶査定不服審判の審決取消訴訟の中でいずれもトップとなり、イノベーションの主体と関係する公衆が特許価値を重視している様子を示している。技術分野では機械分野の案件数が最も多いが、無効審判の案件は電気分野と機械分野の数が並んで最も多く、また通信技術、コンピューターなどのハイテク分野の紛争も数少なくない。化学分野の無効審判案件数は全体的に多くないが、案件は医薬、バイオなどの重要産業分野に集中している。
二、多くの案件の主な争点が進歩性の判断にある。進歩性判断に関する案件は92件で、終結した特許に関する行政案件全体の約70%を占めている。一審判決を取消・変更した案件のうち、進歩性判断に関する案件は80%を占めている。法廷は同種の案件を審理する際、「三ステップ法」による非自明性の判断を重視し、また商業上の成功要因などを補助的に考慮している。そして、かかる考え方を化合物薬物の新規結晶型、生物材料寄託関連等の発明の進歩性判断に対して適用することにより、本当に価値のある発明が法律に保護されるよう企図している。
三、拒絶査定不服審判の審決取消訴訟は、自然人が出願人である案件が多い。法廷が結審した57件の特許拒絶査定不服審判の審決取消訴訟のうち、自然人が出願人である案件は75%以上を占めており、ほとんどが進歩性がなく、一部は実用性がない又は権利付与の対象に合致しない等により拒絶査定となった。
最高人民法院の知識産権法廷は、上記報告のとおり、数多くの知的財産案件を審理している。そして『最高人民法院知識産権法廷裁判要旨(2019)』を発表し、2019年に終結した案件の中から36件の典型的な案件を選出し、40条の裁判規則を洗練した。これらの案件と裁判規則は、技術類の知的産権分野で新しく、困難で複雑な案件を審理する際の審理思想と裁判基準であるとも言えるが、判例主義ではない中国において、裁判制度の更なる構築と審判基準の統一が発揮されるよう期待される。