中国の専利紛争の行政裁決及び調停に関する弁法の概要
- 概要
2025年2月1日から「専利紛争の行政裁決及び調停に関する弁法」(以下「弁法」という)が施行された。該弁法は、総則、行政裁決、行政調停、法的責任、補則という5つの部分からなり、中国専利法(2020年改正法)と専利法実施細則(2023年改正法)と整合性を保ちながら、今まで纏まっていなかった「専利行政執行弁法」、「重大専利侵害紛争行政裁決弁法」、「医薬品専利紛争行政裁決弁法」、「専利紛争行政調停ガイドライン」等の行政裁決に関する法規制を整え、専利紛争を行政手段で解決するための基準や手続き等を更に明確にし、医薬品専利紛争や開放許諾実施に関する紛争など専利実務に現れた新たな問題を解決することを目的とし、中国が知的財産保護を強化し、国際基準に合わせていく姿勢を示している。
中国は権利侵害紛争の解決手段として民事訴訟(司法ルート)と行政裁決(行政ルート)が並行する「双軌制」を採用しており、各ルートの優劣点を比較しながら、目的に合わせ、自由に選べられることは特徴である。司法ルートと比べ、行政ルートは高効率、低コスト、専門性、手続きの簡便性などの利点で広く利用されている。本文では、弁法の主な内容を取り上げ、一部の条項の要点を解釈し、企業が如何に該制度を利用でき、よりよい権利保護を行い、また、悪意による専利権濫用を回避できるかを検討してみる。
- 弁法の主な内容
(一)新制度の導入
- 改正された専利法の内容の反映
・重大な専利侵害紛争の行政裁決を新設(第55条~第58条)
・医薬品専利紛争の早期解決メカニズムの行政裁決を新設(第59条~第62条)
・専利の開放許諾実施に関する紛争の行政調停を新設(第76条~第79条)
・情報化建設とデータ管理の規定を追加(第11条)
・裁決請求の期限を明確(第19条)
- 改正された専利法実施細則の内容の反映
・行政管轄の細則を明確(第6条~第9条)
・電子送達方法の規定を追加(第10条)
・職務発明創作の調停基準を改善(第74条)
- 実務上の有益な方法の抽出
・重大な専利侵害紛争と医薬品専利紛争の早期解決メカニズムに関する行政裁決業務の実践からの有益な方法の抽出と「弁法」に関連規定の導入(第55条~第62条)
(二)実体手続きに関する規範の改善
- 案件の処理機関と当事者の要望への応答
・関連当事者の追加に関する規定を増設(第23条~第24条)
・口頭審理の関連要求を明確化(第26条~第27条)
・技術調査及び技術鑑定に関する内容を導入(第52条~第53条)
- 専利侵害判断の基準の明確
・専利権の保護範囲、オールエレメント原則、禁反言原則、献納原則、同一侵害及び均等侵害を規定(第38条~第42条)
- 他の規範のさらなる改善
・管轄と結案方式に関する規定を改善(第6条~第9条、第30条)
・案件中止の具体的な状況を明確化(第28条)
・決定の不履行及び繰り返し侵害の処理に関する規定を追加(第34条)
(三)手続きの最適化
- 資料の簡素化と手続きの簡便化
・当事者が提出する証明書類などの要求を簡素化(第18条、第46条)
- 受理、立件、調査及び証拠提出手続きの最適化
・立件の要件を明確(第20条)
・証明責任の分配に関する規則を改善(第45条)
- 回避、秘密保持及び委託案件処理の関連措置の改善
・回避規則を具体化(第5条)
・委託案件処理に関する規定を追加(第8条)
・当事者の秘密保持責任を明確化(第82条)
III. 関連規定の説明
(一)合議制度の採用(第20条、第25条)
弁法は、行政裁決事件の処理に合議制を採用することが明確にされた。弁法第20条に執行部門は、請求人に対し立件通知書を発行する際、同時に3人以上(奇数)の担当者を指定し、合議体を作り、専利侵害紛争を処理しなければならないと規定されている。合議体は、答弁の延期(弁法第22条)、口頭審理(弁法第26条)、オンラインでの口頭審理(弁法第27条)、技術鑑定(弁法第53条)等多くの事項について決定できる。
また、弁法第25条は、合議体は事実の認定、証拠の採用可否、法的責任、法律の適用、処理の結果について全面的に審議を行い、多数決で裁決を下すことが規定されている。審議録には、多数意見と反対意見を含め、審議の過程と結果を事実に基づき記録されなければならない。
(二)海外身分証明及び海外証拠(第18条、第46条)
「弁法」は外国人の有効な身分証明の規定を改善し、「中国で永久居留資格を取得した外国人は、その永久居留証件が有効な身分証明となる」ことを明確にしている。「外国公文書の認証を不要とする条約」に基づき、「弁法」は「中華人民共和国が締結した関連条約に証明手続きの特別規定がある場合はそれに従う」と規定し、行政裁決と調停の公平性と効率性を保証している。
(三)管轄(第6条、第9条)
第6条には専利権侵害紛争は、侵害行為の発生地又は被請求人の居住地の専利業務管理部門の管轄とするとされている。被請求人の住居地で行政裁決が請求されると、地方保護主義などが回避できるとは限らないため、在外権利者にとって、第12条の請求人が専利権者又は利害関係者であるという規定を利用し、侵害行為の発生地にある利害関係者を経由して裁決請求することも考えられる。また、管轄について異議がある場合、弁法第9条に従い、答弁期間内に異議を申立てることが可能である。異議申立書を受領してから5日以内に、専利業務管理部門は案件を移管する必要があるか否かを決定しなければならない。
(四)標準必須専利(第30条)
標準必須専利は現在の市場競争の焦点であり、産業競争力を向上させる重要な手段である。意見募集過程で、「弁法」は標準必須専利の適用について広く注目され議論を引き起こした。標準必須専利は本質的には依然として専利であり、「弁法」の適用範囲から除外されるべきではないが、確かに特殊性と複雑性がある。従って、標準必須専利に関する裁決と調停について、関連の法律法規、司法解釈(例えば、「知的財産権の濫用による競争行為の排除、制限の禁止規定」、「標準必須専利に関する独占禁止ガイドライン」等)における標準必須専利における規定を参考するように規定されている。
(五)分割出願の仮保護期間(第75条)
「弁法」には分割出願の公表日について、親出願及び分割出願のうち早く公表された日を基準とすると規定されている。分割出願の仮保護期間の起点を前倒しし、親出願がカバーしていない保護範囲に対して「前置き保護」を与え、権利者の権益をより良く保護できる。
(六)期限についての規定(第37条、第70条)
「弁法」は専利権侵害紛争の処理に立件の日から3ヶ月以内に終結し、事件の複雑さにより専利業務管理部門の責任者の許可を得て1ヶ月以内の延長を認めている。事件が特に複雑である場合、合わせて2ヶ月以内の延長を認めている。専利権権利帰属紛争の調停の場合、2ヶ月以内に終結し、事件の複雑さにより専利業務管理部門の責任者の許可を得て1ヶ月以内の延長を認める。このように、司法ルートより行政ルートの処理期間が短いことが該弁法により明確にされ、迅速さと効率が確保されている。
(七)警告書を受けた場合の対応(第13条)
弁法第13条に専利侵害の警告書を受けた企業が、警告人に行政裁定請求又は訴訟を提起するよう書面にて催促し、又は権利非侵害の意見書を警告人に送達することにより、警告書への対抗措置を取ることが可能である。警告人が催促の文書や意見書を受け取ってから1ヶ月以内に警告を撤回しない、若しくは、法的手段を講じない場合、警告を受けた企業は、行政機関に侵害行為が成立するか否かについて意見を求めることが可能である。該規定は、専利権者による警告権の濫用を効果的に防止し、専利権を合理的に行使するように規範できる。
(八)重大専利侵害紛争の行政裁決(第55条~第58条)及び医薬品専利紛争早期解決メカニズムの行政裁決(第59条~第62条)
2020年改正専利法の第70条第1項と第76条第2項の増設に伴い、本弁法には、第4節重大専利侵害紛争の行政裁決及び第5節医薬品専利紛争早期解決メカニズムの行政裁決が増設された。なお、本弁法の意見募集案段階では、本弁法の施行に伴い、2021年から施行された「重大専利侵害紛争の行政裁決弁法」及び「医薬品専利紛争早期解決メカニズムの行政裁決弁法」は廃止となるという内容が付則に記載されてあったが、正式に施行された本弁法では、該内容が削除された。
(九)経過措置
現行の部門規則である「専利行政執行弁法」(局令第71号)は、第2章「専利侵害紛争の処理」と第3章「専利紛争の調停」において、専利行政裁決と調停業務に関する関連規定を設けている。具体的な適用には、新規定が旧規定に優先するという原則に基づき、二つの規則が一致しない関連内容については、本「弁法」を適用する。
Ⅳ.まとめ
国家知識産権局(CNIPA)に中国最高水準の審査官と専門家がおり、専門性については裁判所よりもはるかに高く、国家知識産権局により下された行政裁決の信頼性は非常に高いと言える。しかし、中国の行政裁決の多くは、地方政府の知識産権局によって行われており、知識や専門性にバラツキがあり、審理基準が必ずしも安定しているものではない。
従って、該弁法の施行で、審理基準を統一し、行政ルートを司法ルートと並行する立場を強めていくうえで、重要な役割を果たすことが期待される。該弁法の施行について今後の動向を注視する必要がある。
参照
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